2009年06月29日

T宮との交流 Part5

T宮に教えてもらったことは、そのときの僕にとっては大きなヒントになった。
それまでは、友人との軽い組手や喧嘩の経験などで、何もやっていないよりは多少の利がある、その程度には身についている、と、自分に言い聞かせているに過ぎなかった。
中国拳法や古武術を習って、色々な型や技の理を知ったが、実質、空手を続けていた方が強くなれたんじゃないかという思いも頭をもたげていた。
しかし、立ち方や身法などは今の流派のものが馴染んでいたし、“理”に対する愛着もある。
今のものをもっと身につけて強くなりたいという気持ちの方が強い。
しかし、続けたとしても、秘密や出し惜しみの多い世界でどれほどのことを教えてもらえるのだろう?…という疑問もある。
そんな堂々めぐりの思いだった。

そんなときに参考になったのが、3月の記事『隣の芝生』で紹介したような書籍たちであり、T宮との再会で得られた情報だった。

最初にT先生の道場に通っていた頃、X先生が新しい団体を立ち上げることになってにわかに活気づいた時期があり、後進の指導者を早く育てる方針になったからと、入門して3年くらいの頃でも、
「君たちには今までなら5年以上にならんと教えんようなことも教えてるんやで」
と言われていた。
しかし一方、もう少し後で、T先生が就職活動に忙しくなり始めたせいもあったが、
「もうそろそろ習いに来るのは月1回程度でもいいかもね。今の時点で僕が知ってるようなことは君らにはだいぶ教えたから、後はそれぞれ自分で練習をしていけばいい」
というようなことを言われたことがあった。
僕らはまだまだ強くなった実感など無かったし、多少は自信めいたものがあっても、根底では一人前にはほど遠いことを判っていた。
帰りには、
「そんなこと言われてもなぁ…」
という思いを話し合った。

兄弟弟子のK阪さんは、
“型を一人で練っていけば本当に強くなれるんやろか?”
という疑問を常々持っていたし、
「やっぱり相対練習は絶対必要やと思うねん。型も大事なのは解るけど、口伝とか、教わってないこともまだあると思うし、もっと人との練習せんと身につかへんのとちゃうかなぁ?」
というようなことも言っていた。
例えば、ボクシングを習いに行った人が、
「そろそろかたちができてきたから、あとは一人で練習しなさい」
なんて言われることは、考えられないだろう。
たぶん…だけれど、K阪さんが言いたかったことは、僕たちは型と理屈を教えてもらうだけでなく、それを使えるようにコーチング(技術指導)してもらいたい、ということだったのだと思う。
当時の僕はそこまではっきりとした考えでは無かったが、やっぱり行き詰まりのようなものは感じてしまった。
そんなときに家庭内のごたつきがあって抜けてしまったが、正直言えば、もしこのときにもっと先々の希望が見えていれば、多少の困難はあっても道場をやめたりしなかったのかも知れない。
ただ、X先生が、
「これからは本当のことを教える」
と、外功に重点をおいた練習を始めた頃の、先生たちの混乱も薄々は感じていたし、よくわからないことも多かった。
…まぁ、当時のことは、色んなことが重なって、そのときに思ったことなので、「もし」や「たられば」を言っても仕方がない。
とにかく僕は、プライベートな事情と相まって、ただただ面倒になり、ただただしんどくなった。
…しかし。
やっぱり武術への未練は持ち続けていたし、仕事や生活が落ち着いたらT先生に連絡を取ろうと思っていた。
X先生によって変わってしまった教授内容も、続きが気になっていたし…。
T宮との再会はそのきっかけにもなった。
実際、落ち着いてもいないのに連絡を取って、結果的には一時的な復帰になり、また長いおいとまになってしまったのだが…。。

まぁ、それはさておき。
T宮との交流についてまとめよう。

まず“新聞抜き”の発勁練習について補足するが、これを成功させるには、インパクトの瞬間に充分なスピードを出せることが鍵だ。
逆に言えば、フォームも発勁もクソもなく、軽く拳を握って、手首のスナップを効かせて裏拳の要領でとにかく速く振れば、上手く当たれば簡単に穴が空く。
しかし突きの動作では、瞬間的にそういうスピードがなかなか出せない。
だから新聞抜き自体は、突きにおいて、少なくともT宮が言う“発勁”が、最低限うまくいっているかどうかの目安…ということになるだろう。
問題はその先の、使い方や効かせ方なのだ。
速くても、軽ければ、ジャブのようにしか使えない。
もしそうなら、難しいことを考えなくても、ジャブの練習をすればいい。
それに、T宮がやっていたような八極拳のどっしりした動作では、一歩に時間がかかる分、そのまま使えるとは思えない。
大きく踏み出して振り出すような突きがジャブのように速くても、あまり意味が無さそうではないか。。

また、寸勁などの話をしていたとき、彼は、
「拳と相手との距離がゼロでも、勁が自分の体の中を通って相手に伝わるから、実際にはゼロではない。だから効く」
と言っていた。
そのときは、
(なるほど…)
と思ったが、後で考えてみたとき、ちょっと疑問が湧いた。
T宮が説明していたように、ウエーブのように伝わるのなら、例えば、踵から発した力が拳に伝わるまでの時間はどれくらいだろう?…と。
つまり、拳を引いて、やや後ろ足に重心がある状態から、前足に重心移動して突き出す動作と比べて、似たような速さなら意味がない。
短い距離から相手を突く場合、一瞬で体の各部が繋がって強力な打撃にならなければ、実用的とは言えないのではないか…?
そう考えると、
形意拳や、形意拳的と言われる、僕が習った正宗太極拳の打ち方の方が、一見簡素に見えて力の出し方がわかりにくいが、理に適っている気がしてきた。
さらに言えば、
T宮が説明したような発勁は、あくまでも初歩で、力をわかりやすく使った、いわゆる明勁の段階でしかないのではないか、そしてそれを進めていくと、僕が習ったような打ち方になるのではないか…という仮定に至った。

そして僕たちは、そういう初歩をやっていないがために、なかなか打ち方がつかめなかったのかも知れない。
もしくは、打ち方がわかるような指導なり口伝なりを受けていないからか…?

そんな疑問も同時に湧いたが、とにかく、最初は目新しさに驚いたものの、色々考えていくと特別な差異は無いように思えてきた。
ひらめき始めると、幾つものヒントが浮かんできた。

それから、これより前に、映画『少林寺』で、縄の先につけた武器を振り回して戦うシーンがあって、飛び縄でちょっと真似てみたことがあるのだが、そのとき、とりあえず両手の縄を交互に振る練習をしてみて、縄の動きに連動して腰が動くことに気づいた。
フラフープを回すときの腰の動きを、もっとずっと小さくしたような感じだ。
(※ちなみに縄の武器は、「縄標(じょうひょう)」もしくは「流星捶」のいずれかだと思うが、映画の中で使われていたのがどちらかは憶えていない)
で、この腰使いを利用して振り出すと、T宮の突きの動きに近づく気がした。
そういうことが先にあったので、T宮の突き方は僕なりに比較的すぐに理解・消化できた。
そして、その腰の入れ方を取り入れながら太極拳をやって、それを少しずつ小さくするように試みた。

…まぁ、その後のウチの流派の身法からすれば、これは少し違うのだが、今振り返って思うに、こういうのもアリというか、手前味噌ながらまーまーいいセンいってたんじゃないかという気もしている。。

あと、心法を伴うものは一日に何度もやってはいけないと言われたが、僕は結構何度もやった。
やり方がぬるかったからかも知れないが、特に負担のようなものは感じなかった。

結局、T宮が教えてくれたことは、僕は僕なりに消化したわけだが、それが正しい道筋だったかどうかは、わからない。
彼の言う通りに一からやった方が、もっと理解できたのかも知れない。
あまり自分が学んだことの立場から見過ぎると、それが先入観や固定観念となり、理解の幅を狭めてしまう。
そういうことも踏まえて、色んな角度から柔軟に見る目を持つことも大事だ。
しかし交流期間が短かったから、いずれにしても判断のしようがない。
とにかく、今まで他派と交流した中では、T宮の説明が一番面白かったし、後々の参考にもなった。
比較してみることで自分の流派のことを理解するのにも役立った。

少なからず疑問を抱いていた時期もあったが、“隣の芝生”に過分な目移りがすることは無くなったし、彼との交流がきっかけとなって色々気づいたことの中には、T先生と再会後に教えてもらったことに近いこと、惜しいことも少なからずあった。
有益な情報だったと、感謝している。

あ、そうそう。
前項で、ボディガードの話云々書いたが、彼は生活が苦しかったようで、一緒に住んでいる女性が居たので(確か生まれたばかりの子供も居たような?)、それにまつわる事情があったのかも知れない。

T宮、もしこのブログを読んだら、連絡くれ。(^_^ゞ

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2009年06月22日

T宮との交流 Part4

前項の発勁練習の2つ目は、彼の流派での“心法”ということになるのだろうか。
心理的・内面的な蓄・発という意味で…。
ただ、少なくともT宮的には、今風にイメージトレーニングと言い切れるようなものではなくて、そこには“気”が関係しているようだった。
つまり、生命エネルギーのような“気”をめぐらし、練り、圧縮して、勁道に沿って発するのが、彼の言う発勁だ。
だがここで、
「では、“気”とはそもそも何ぞや?」
という問題がある。
彼は“気”を、生命エネルギーのようなもので、霊的な意味もある、と言っていたのだが、そのときの僕は、あるのか無いのかわからない、見えないものを、にわかに信じることはできなかった。

ここでちょっと昔にさかのぼるが、子供の頃の経験に触れる。
子供の頃の僕はと言えば、ミステリーやオカルトが大好きだった。
笑われるかも知れないが、中学生のある時期、霊能力があるという女の子とよく遊ぶようになって、その影響で自分もそういう能力が芽生えた気になっていたことがある。
精神を集中すると、人の後ろにモヤのようなものが見えて、僕はそれを背後霊として人物を識別できるような感覚を持っていた。
そしてまた不思議なことに、未来や過去のことがふと頭に浮かんで、それを口にすると、ズバリ当たっていたりしたのだ。。
例えば、ある日、社会の先生が教壇に立っていたとき、
「あの先生どっか悪いのかなぁ? 明日休むんじゃない?」
と、独り言のように口に出した。
すると隣に座っていたクラスメートの女の子が、
「〇〇先生、肝臓悪いって言ってたよ」
そして翌日、本当にその先生は学校を休んでしまった。
前日に近くの席で聞いていた連中はびっくりして、僕が霊能力者だと少しばかり広まった。
今思うとおかしいが、こういうことが何度かあった。

そしてまたある日、夜中に霊に襲われた。
ふと目が覚めたのは、確か2時台だったと思う。
僕は仰向けに寝ていたのだが、目の前には修験者のような格好をした男が、ものすごい形相で、馬乗りになって、僕の胸の上に手を置いていた。
(えっ!?)
と思った途端、胸骨に痛みが走った。
いきなり胸を押さえつけられたのだ。
隣の部屋では、母親が録画したTV番組のビデオを観てケタケタ笑っていた。
僕は何故か冷静で、何とかしなければと思いながら、手を伸ばして襖を叩こうとしたが、体が金縛りにあって動けない。
少しずつ焦りと痛みで冷や汗が出てきて、だんだん気が遠くなっていった。
…そして、気がつくと朝。
(夢か?)
と思ったが、胸骨に激しい痛みが残っていて、それが数日取れなかった。

霊能力者(?)の女の子曰く、僕の守護霊が助けてくれたのだそうだ。
霊らしきものをくっきりとした姿で見たのも、金縛りを経験したのもその一度きりだ。
もちろん夢かも知れない。
そしてその日のことをきっかけに、僕にあった霊能力的な感覚はまったく無くなってしまった。
無くなってみると、それまでの感覚に対して懐疑的になった。
自分にもあったらいいなという思いが強すぎて、そんな能力があると思い込んでいただけじゃないのか、と。
それは今でもわからない。
でも今は、正直、霊魂のようなものを信じてはいない。
わからないものを「無い」と断言もしないけれど。。

そして話は戻るが。。

T宮は、そういうものを信じていて、人間の体には霊的なエネルギーが重なっているような感じのことを言っていた。
どんな表現だったのかは、はっきりと覚えていないが…。
そしてその“気”は、生物すべてに宿っていて、他者の“気”を吸い取ることもできるそうだ。
兄弟弟子たちと、相手の“気”を吸い取る練習をすることもあるという。
“気”を奪われると、ガクンと力が抜けて、一気に疲れてしまうそうだ。
「じゃあ、オレから気を抜いてみてくれ」
僕は彼に実演を催促した。

T宮は僕の肩のあたりに手をかざして、しばらく集中。。

しかし僕は何とも無くて、何の変化も感じなかった。
彼は意外な顔をしていた。
思うに、“気”を感じられる人同士の間ではそういうことが起こるのかも知れないが、僕は鈍感なようだ。。
ちなみにT宮の言う“気”は、人間だけでなく、他の動植物からももらうことができるそうで、普段は公園の木々などの植物から吸い取る訓練をしているというようなことも言っていた。

僕は、まぁ少しだけ書くが、“気”は、一言で言ってしまえば“脳内現象”だと思っている。
例えば、錯覚なども含めて「そんな気がする」ということや、思えば体に何らかの作用を及ぼすことも、脳がそう感じることを便宜的に説明した概念ではないかと…。
そして、日本でも、ほんの何十年か前まで、霊魂を本気で信じている人の割合は今よりずっと多かったことだろう。
巨大なド田舎である中国ではなおさらだ。
だから霊的パワーのような“気”の概念が未だにあってもおかしくはない。
まぁ、霊的なものが本当にあるか無いかは、どっちでもいい。
問題は、昔の人がそういう風に解釈し伝えてきた“気”が、武術においてどのように扱われ、使われてきたか、そして本当に実用的なものかどうか、だ。
僕は“気”の技術は、あると思っている。
まぁそれは改めて。。

T宮から得られたことは、ざっとこんな感じだ。
その後、しばらくして彼とは連絡がつかなくなり、それきり消息不明で、ずっと会っていない。
当時、彼は失業していて、
「うちの技は元々黒社会系で、本当に人を殺せる技術や」
というようなことを言っていたので、
「じゃあいっそボディガードでもやってみるか?」
と、僕が勤めていた店に来ていた某組長を紹介してやると言ったら、そのせいかどうかはわからないが、来なくなってしまった。
まぁ、元々優しくて繊細なヤツだったし、さすがに本当にそっち系にどっぷり浸かるのは嫌だったのかも知れない。

次回は、しめくくり。若干の考証とまとめ。

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2009年06月18日

T宮との交流 Part3

前項で“雷声”に触れたが、少し補足しておこう。
T宮が説明した“雷声”について、発声のタイミングを槍投げに例えたが、もっと具体的な例を思いついた。
それは女子テニスのシャラポワ選手の発声だ。
彼女はボールを打つのと同時に発声するのではなくて、打った直後に、漏れるように発声する。
実際、本人も何かのインタビューで、
「どうしても漏れてしまう」
というようなことを述べていた。
だから彼女の場合、意識的な発声ではないのだろうが、タイミングについて言えば、あの感じだろうと思う。
また、昔、松田さんが書いていた「フン」「ハ」の呼吸がある。
(※漢字を忘れてしまった。調べるのが面倒なのでカタカナにする)
これは僕の勝手な想像だが、もしかしたらこの“フン・ハ”に当てはめて考えると、ウチの流派の発声は「フン」にあたり、T宮の雷声は「ハ」にあたるのかも知れない。
そして、T宮はたぶん、意識的に用いるような説明をしていたと思うのだが、カン高い声を振り返って思うに、シャラポワのように一瞬力強く息んだ結果、“漏れてしまう”というのが自然のような気もする。

さて、続き。

T宮は発勁の練習法を教えると言って、新聞の朝刊と洗濯バサミを要求した。
新聞は、全部拡げた状態ではなくて、二つ折りのところまで拡げる。
当時で20枚分くらいの厚みだったろうか…?
確か針金のハンガーで、その両端に洗濯バサミを使って吊すようにした。
T宮は、どう構えていたかよく憶えていないが、一歩踏み込んで、八極拳の横向きになる格好で、拳で突いて見せた。
スパーン!
という小気味いい音が鳴って、新聞紙に穴が空いた。
「ええ?」
「どや。スピードと呼吸が一致せんとなかなか空かへんで!」
厚い朝刊は幾らか重みもあるが、吊っているだけなので安定しない。
そして案外固い。
例えば四隅を固定して指先で突いてみれば、意外と張りがあることが判るだろう。

とりあえず僕も彼の動作を真似てやってみたが、ことごとく失敗。
…まぁ、八極拳の型に不慣れなせいもある。
横向きになって突くというのはどうも馴染めない。
そこで、ウチの流派の弓歩で立って、形意拳の崩拳のように縦拳で突いてみたり、金鷹拳のように横拳(正拳)で突いてみたりした。
しかし毎回、
バッ!
という音がして、新聞紙が後方に揺れ動くのでなかなか穴が空かない。
「へー。難しいもんやな…」
「そやろ!」
T宮は少し得意げだ。
そしてまた、2〜3回手本を見せてもらい、動きを観察した。
少し慣れてくると、何枚目かまでは小さな裂け目が出来るのだが、T宮のように貫通するところまではいかない。
T宮の動きは、彼が最初に説明したように、蓄・発の体重移動と、それに伴って波が伝わるように拳に向かって加速する感じだ。
例えばムチのように。
しかし動作の完成形はきちんと突いた格好になっている。
まずはその感じを、僕が習った型の上で行ってみようと試行した。

次に、定位置での突き。
新聞に突きが届く距離で立って、手を最初は掌のまま額の前あたりにかざす。
半眼で瞑想するようにしながら、
「前方の物を突きたいが何か障害があって突けない」
というような感じをイメージする。
例えば手を前から押さえられているような。
そのストレスをかけ続けることによって、自らに精神的な圧を加える。
それが極限に達したと思う瞬間に解放して、前方の新聞紙を突く。
但しこれは、一日にあまり何度もやってはいけないとのことだった。

実際にはもう少し細かい説明を受けて、あと站椿の際のイメージ法なども教えてもらったが、それは伏せておく。
これを参考にしたい人は、自分が習ったものの延長上で試行錯誤してみてもらいたい。

ちなみに、上記の内、似たようなことや重なることは、ウチの流派でも後に説明を受けたが、この時点ではまだ知らなくて、彼の言うことはなかなか新鮮だった。

T宮は、その某会の中では、素質を認められて、短い年数ながらもかなりのところまで教わることができたのだと言う。
そして僕にも、
「ホンマの発勁できるようになる人間は少ないから、できそうなヤツには教えようと思ってるんや」
と言っていた。
「ふーん。オレ、できそうかな?」
「うん、hideならできるようになるんとちゃうか」
僕はイマイチ実感が持てないまま、T宮が帰ってからも自分なりにその訓練を続けた。

T宮が2度目に来たときには、僕は新聞紙を貫通できるようになっていた。
ただ、これにはちょっとタネがある。
彼が拳をしっかり握っていたかどうか、また、拳頭を当てて貫通していたかどうか、などを考えて、色々と当て方を試した。
そして僕なりの工夫で貫通できるようになったので、本来のやり方に沿ったものかどうか…。。
要は、発勁の訓練をしているのであって、新聞に穴を空けることが目的では無い。
穴が空くのは一つの目安だからだ。
それでもT宮は、
「素質がある」
と言ってくれたが、僕はちょっと疑問に思っていた。
結局、これは、訓練法に過ぎなくて、実戦的な修練と言うよりは、基礎的な体の使い方であったり、呼吸法であったり、イメージトレーニングであったり…ということなのだろうと思った。

T宮はその後も1〜2週間おきくらいのペースで何度か遊びに来てくれた。
別の場所で会うこともあった。
型を教えてくれようともしたのだが、僕は覚えるのが面倒で、最初のサワリ程度ですぐ断ってしまった。
まぁ、正直言えば、大架式の型には魅力を感じなかった。
体の使い方を基礎から修得するのにはいいかも知れないが、すでに何年も型をやっているのだし、このときの思いとして、今さら一からという気にはなれなくて…。

あと、この打ち方は面白いのだが、新聞貫通の要領で相手の胴体を打つには、ちょっと拳が軽いのではないかという感じもした。
しかし陳家太極拳も八極拳も、どっしりした感じだったし、この打ち方の延長上で、体重を乗せて突き込む、または押し込むような突き方を、するのかも知れない。

とにかく、彼に一から教えてもらうのでない限り、自分なりに工夫するしかない。
もちろん彼のすることが実戦的で凄いと思えれば「一から」という気になっていたかも知れないのだが、ユニークではあっても、わざわざ乗り換えたいと思うほどの凄みは感じなかった。
ただ、彼に教えてもらって参考にしたことは、その後の工夫にも幾らか繋がり、独りの時期、かなり長い間取り入れていた。
また、彼と再会しなければ、その時期、先生のところに戻ろうとしていなかったかも知れない。<結果的には一時的なものになってしまったが…。

次回は“気”について。

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2009年06月17日

T宮との交流 Part2

さて、ここで言うのも何だが、せっかくT宮が好意で教えてくれたことを、さすがに全部書くわけにはいかない。
彼からの情報が、彼が知っていることの一部に過ぎないにしても。
一応、そのことを念頭に、読んでいただきたい。

T宮が説明した“発勁”は、僕なりに要約すると、身法、心法、呼吸の一致が必要とのことで、勁道とは力の起点から攻撃に使う部位(例えば拳)までの通り道を言うのだそうだ。
そして勁道は、拳種や技によっても違う。
例えば八極拳には八極拳の勁道、形意拳には形意拳の勁道がある、というわけだ。
まぁ…それはT宮に言われなくても想像の範疇だし、意外なことではない。
少しずつ書籍で解説され、大陸系の武術が入ってきて、勁というものが特別な用語で無くなり始めた頃だったから、そこからも想像できなくはなかった。
問題は具体的な方法なのだ。

前に書いたが、日中友好協会系の教室かサークルで練習している人たちと話したとき、彼らが発勁と言ってやっていたことは、息を短く吐きながら拳を出す空手やボクシングと何ら変わりが無かった。
彼らがまだ初心者だったからかも知れないが、もしそれが発勁の正体であるのなら、特別な差異は無いことになる。
本当にそうなのかどうか、知りたかった。

ここからは、彼の説明に添って、アウトラインや、ヒントになるような範囲で書く。

発勁の修得段階としては、まず型の動きから勁道を理解して力をスムーズに伝えることから始めなければならない。
だから初めは、力を抜き、ゆっくり行う。
そしてそれに“気”を乗せる訓練をする。
“気”は一種の生命エネルギーで、霊的な意味もあるらしい。
自分の中の“気”を育てるには、丹田を意識して、そこから体内をめぐらせるようにイメージする。
そして“気感”が得られるようになったら、それを思うところに移動させられるように、立禅や型の上でもトレーニングする。

発勁を単体の動きで練習するときは、蓄勁のとき丹田で気を圧縮させ、それを勁道を経て一気にぶつけるようなイメージで突く。
同時に息も吐く。
圧縮した状態から一気に爆発するように。
松田さんの解説だったかどうかはよく憶えていないが、何かの本で、
「爆発呼吸はくしゃみのようなものだ」
と書かれていたことがあったと思うが、そんな感じの一瞬の呼気だ。
さらにそれを増幅させるための発声法が“雷声”(らいせい)で、T宮のは、カン高い鳥の鳴き声のような発声だった。

また、雷声は、突きよりも少し遅れて発するそうだ。
雷は、光ってから遅れて音が鳴る。
それが雷声の由来だと言う。
陸上競技の槍投げの選手が、槍を投げた直後に発声したりするが、その方が飛距離が伸びるという。
拳法の場合もその方が威力が増す、同じ原理だ、ということらしい。。
なるほど、と思えなくもない。
ウチにはそういう考え方は無いようだが、それも一つかも知れない。

ちなみにウチの流派の雷声は、これとは違う。
具体的な説明ははばかられるが、以前、ネット上で、形意拳をやっているという人が、その人の流派での雷声を、
「バイクの空ぶかしのような感じ」
と表現していたことがあったが、まぁ、それに似ていると言えなくもない。
もしかしたら同じかも知れない。

あと、八極拳では横向きになって肘打ちを行う型があるが、どうやって威力を出すのかとか、十字勁について、などを尋ねた。
だが、そのときはあまりピンと来る説明ではなかったため、よく憶えていない。

それから、太極拳の起勢で姿勢を下げる動作のとき、彼が習った陳家の型では、つま先を外側に踏みしめるようにして、太股は心持ち内側に絞め、股間を丸く(一見ガニマタのように)し、腰を前方に納めるように引っ込め、尻の穴が体の真下に来るようにする。
確かに、陳家の人のそんな姿勢を見たことがある気がする。。
ただ僕的には、
足は纏糸に関連して「なるほど」と思ったが、腰や股間のあたりは、その姿勢だとへそが上を向くような格好で、例えば座椅子に座ってだらけているときのような感じになる。
これに含胸抜背を加えると、立身中正が崩れる。
まぁそこは微妙な加減でバランスを取るということなのかも知れない。
ずっと後のことになるが、このときのことをT先生に話すと、
「その方が力が抜けるからじゃないか?」
とおっしゃっていた。
力を抜くことを目的にすればそうなのかも知れない。
しかし些かだらけた風にも見えてしまうほどになると、極端ではないのだろうか…?

また、この少し前あたりから流行り始めたブレイクダンスで、当時、片方の腕から肩、そしてもう一方の腕にかけて、ウエーブを描くような動作が流行っていた。
太極拳の型でもそんな感じを意識してやればいいと、実演してくれたのだが、確かにそれがT宮の言う勁道と重なるようにも思えて、面白かった。

このとき、中国拳法に限って言えば、僕の方がT宮より少し長いキャリアだったが、知らないことがまだまだ多かった。
T宮がやっていることは、型は大架式であまり実用的な動きには見えなかったが、1から丁寧に段階を経て教えてもらっている感じがして、うらやましい気になった。
僕の方はと言えば、詰め込むように次々と拳法やら柔術やら、型を幾つも教えてもらってはいたが、結局どう使うのかわからないままでいたからだ。
もちろん用法も色々教わってはいた。
しかしそれは型に沿った説明で、中には使いやすそうなものや、お気に入りもあったが、今まで習ったものを自由に駆使して戦えるというのにはほど遠かった。
T宮は、動きはまだ大きくても、迷いがない。
大架式の型を、身法要求をキレイに満たして、卒なくこなしていた。
彼の方がよほど身についているように見えた。

これも何かの縁。
T宮から得る物があれば…という気持ちが募っていった。

次は、発勁練習法のお話。。

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2009年06月16日

T宮との交流 Part1

2009年03月20日『隣の芝生』の続き。

高校時代に知り合ったT宮とは、卒業後もしばらくはつき合いがあったが、いつの間にか会うこともなくなっていた。
(※T宮については、何度か出てきているので、過去の内容を知りたい人は、記事検索で「T宮」と入力して検索してみてもらいたい)
彼とは、直接親しいというよりも、高校時代は同人誌サークルを主催している“K”という女の子を介しての繋がりで、彼女とのつき合いが途絶えてからは、同じように同人活動をしている“Eさん”繋がりだった。
僕はEさんとはそれほど親しいわけではなかったが、ある時、彼女たちが主催する同人誌即売会で行う寸劇にT宮と一緒に出てくれと頼まれた。
そして、アニメのパロディに『必殺仕事人』や『男組』の要素を加味したような劇を作って、数人で演じた。
それがきっかけで(?)、T宮は殺陣や立ち回りなどのアクションに興味を持ち始め、ヒーロー物の着ぐるみショーのバイトをするようになった。
何事にも凝り性なT宮は、アクションの型を覚えてきては、メンバーに指導していた。
…まぁそんな風に、楽しく遊んでいたのだが、僕には家庭のごたごたがあり、当時つき合っていた彼女と別れたり、急に一人で生活していかなければならなくなったり、諸々ある内に道場からも離れて、彼らとも遠ざかってしまった。

そして何年かして、街なかでT宮と偶然バッタリ会った。

20代半ば、まだ北新地で働いていた頃だ。
前に書いた『2つの突き』(※P1〜P4あり)の中で書いた喧嘩の時期より後で、水商売から足を洗う少し前だった。

彼との再会、交流は数ヶ月くらいだったか…?
その後僕は先生のところに一時戻るのだが、あるきっかけで急に思い立って水商売をやめてしまったため、生活に窮して、また行けなくなってしまった。
そのことが心苦しくて、その後はずっと先生に連絡を取らなくなってしまうのだが、…まぁ、それはおいて。。

T宮と再会して話をする内、彼がその後中国拳法を習っていると聞いて、話が弾んだ。
この時点でのキャリアは3〜4年とのことだった。
僕の記憶に間違いなければ、前に書いた某会に入門して、彼は八極拳と陳家太極拳を中心にやっているとのことだった。
「をー。“男組”に燃えた時代を思い出すなあ!」
どちらも最初に憧れた拳法だっただけに、ちょっとうらやましかった。
それから、改めてゆっくり話したいから家に遊びに来てくれと誘い、何日かして自宅に来てもらった。

彼は僕がやっている武術の内、形意拳と柳生心眼流に興味を持っていた。
まず彼が陳家太極拳と八極拳の型を見せてくれた。
僕は、大体こういうときは、太極拳十四勢、金鷹拳の型を1つ2つ、心眼流の1本目、をやって見せるのだが、形意拳や八卦掌はあまり得意ではないので見せない。
しかし彼が興味を持っていたので、形意拳の五行拳と連環拳をやって見せた。
型を見せ合うのが終わると、T宮は僕の腕を見て、
「形意拳をやり込んでるな。形意拳の勁道に沿って腕の筋が発達している」
というようなことを言った。
僕は的外れなお世辞を言われたように思って苦笑した。
「いやいや、形意拳は得意じゃないよ。それにいつも練習してるのは太極拳と金鷹拳と心眼流や。もっともウチの太極拳は形意拳と八卦掌が合わさってるんやけど…」
するとT宮は真顔のまま、
「そうやろな。だから勁道が形意拳っぽいんや。ただちょっと発達し過ぎや。そんなにガチガチな腕してたら、勁の通りが悪くなる」
つまり発勁のためには邪魔になるというわけだ。
(そういうもんかな…?)
僕は半信半疑だった。
腕の筋が発達しているといえば、子供の頃から剣道をやっていたT宮だって発達している。
それにT宮が所属しているこの某会は、体を鍛えるんじゃなかったのか?
そんな風なことを返すと、
「そうやねん。それに仕事で調理やってたからなおさらでな…。だからオレも今は、腕に力が入らんようにするのに苦労してんねん」
というようなことを言っていた。
某会が鍛えることとの関係については、どう答えていたのかよく憶えていない。
その会も幾つかの拳法をやっているので、少林拳系や南派拳の人が鍛えているのだと答えていたのかも知れない。

ところで、“勁”という概念を用いた技術的な説明は、ウチの流派では、僕は受けていない。
師匠であるT先生の口から“勁”が付く用語が出たことはあっても、便宜上そういう言葉であったり、あるいは、時には知ったかぶりのようなこともあったのかも知れない。
何せT先生もその頃は20代前半と、若かった。
そしてはっきりと、
「ウチには“勁”というものは無い」
と告げられたのは、一時先生のところに戻ったときだった。
それは前述のように、T宮との交流の少しあとだったので、この時点では、
「勁とは何ぞや?」
と、まだあれこれ考えていた。
今では割とポピュラーな術語になっている感があるが、当時はまだまだ謎だらけだった。
ただ、、
前にも書いたが、松田さんが紹介した“勁”と、一般化した“勁”が、同じものかどうかは、わからない。
一般化した“勁”から察せられる、こなれた動きと放鬆(脱力)から生み出される、一種の“瞬発的な力”は、何も中国拳法独特のものではない感じがするのだが、当時の松田さんが紹介していた“勁”は、それだけで説明できないような、
“秘中の秘”
であり、謎の力だった(…と、僕は思っている)。

その謎だらけの“勁”だが、T宮はしきりに口に出してくる。
「なぁT宮。オレんとこの流派では“勁”というような言葉では教えてもらってないねん。お前は発勁教えてもらったんか? その勁道云々のことも、よかったら話せる範囲でいいから説明してくれへんか?」
「うん、ええよ」
T宮はあっさり、承諾してくれた。

<< Part2へ続く >>

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posted by hide at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする